一意専心(専業)よりもオプション(兼業)を持つこと

タイトルは、前回の為末大氏著「諦める力」p113から引用です。

*今回は株の成分の話は少ないです。人生全般の考え方の話になります。

一意専心とは、「ひたすら1つのことに心を集中すること」です(専業農家みたいな感じ)。オプション(選択肢)とは、他の事(可能性,保険として残すなど)をやりながらという事です(兼業農家みたいな感じ)。

人生全般においての限られた時間の中で、どこまで1つのことに力を入れるか(労力をかけるか)は人それぞれです。

例えるなら100ある労力の中で、どこまで株式投資に力を入れるか?(パラメーターの割り振り)といったこと。

保険のため(自分の興味のため)、記事を書いている労力は時間の無駄ではないか?(もっと株式だけに労力をつぎ込めば勝てるかもしれない。)と思ったりです。

それに加えて、自分の興味も有るもの(労力をかける気になる)から少なめの物(労力をかける気にならない)も有ったり、しなくてはいけないが興味が無くてしなかったりとカオスです。

私もどちらかというと、1つのことに集中するより、いろいろなことに手を出す傾向が強いです。人生の中心に株式投資がありながらも、同時並行で釣り、歴史、経済、旅、薬剤師、などいろいろなオプション(選択肢)を有しています。

何かに専念するという事は、何かを放棄するという事です。そうやって取捨選択しながら進んでいく人生の中で、「どこまで(その事柄に)労力をつぎ込めるか?」は納得のいくように生きるために大切なことだと思います。

例え株式がパー(ゼロ)になっても、会社仕事を増やす選択肢、親にお金をたかる選択肢、ヒモになる選択肢wなどの選択肢が実はあります。

男社会ではありがちですが、一意専心(専業)で「これしかない(例えば、男だったら会社員を続けるしかない)」と思い込むパターンが多いような気がします。大成すれば良いのだろうが、私の好むところでは無いです。

オプション(選択肢、兼業)の発想で「親の遺産(資産、まだ親は生きていますw)を食いつぶしても良し、パートでもよいし、親にたかっても良し、ヒモでも良しw」ぐらいの発想の方が人生の幅が広くなり、私自身にとっては納得のいく生き方ができます

私は世間体よりも、自分の価値観を優先する。皆さんはいかがでしょうか?


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(今日はボヤキは全部本文に書きました。)

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